大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)12532号 判決

主文

一  原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成元年三月一日以降一か月金四二万八〇〇〇円であることを確認する。

二  原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

理由

第一  請求

一  主位的請求

原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成元年三月一日以降同年一二月三一日までは一か月金四三万円、平成二年一月一日以降一か月金五一万三〇〇〇円であることをそれぞれ確認する。

二  予備的請求

原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成元年三月一日以降同年一二月三一日までは一か月金四三万円、平成三年一一月一日以降一か月金五一万三〇〇〇円であることをそれぞれ確認する。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和四四年六月一日、レイ・オ・バックインターナショナルコーポレーション日本支社(以下「レイ・オ・バック」という。)に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、賃料月額一八万円、期間同日から三年間、敷金一〇〇万円、借主は本件建物を社宅として賃借し被告家族を入居させる、との約定で賃貸し、期間が満了した昭和四七年六月一日以降は二年毎に契約が更新された(争いがない。)。

昭和五八年にレイ・オ・バックが日本支社を閉鎖したことに伴い、同年三月一日ころ、本件建物に居住していた被告と原告との間で、期間同月一日から二年間、敷金二〇〇万円の約定により改めて本件建物の賃貸借契約が締結され、昭和六〇年三月一日からは期間二年間として、昭和六二年三月一日からは期間昭和六三年五月三一日までとしてそれぞれ契約の更新がされた。その後は更新契約が締結されないまま今日に至つている。

2  この間の賃料(以下において賃料はすべて月額を示す。)の推移は次のとおりである。

(一) 昭和四四年六月一日以降 一八万円

(二) 昭和四七年六月一日以降 一八万円

(三) 昭和四九年六月一日以降 二三万円

(四) 昭和五三年六月一日以降 三一万五〇〇〇円

(五) 昭和五八年三月一日以降 三三万円

(六) 昭和六〇年三月一日以降 三五万円

(七) 昭和六二年三月一日以降 三八万円

なお、昭和四四年六月一日にレイ・オ・バックとの間で賃貸借契約が締結された際、賃料は一五万円と予定されていたが、入居する被告から内部改造の希望があり、原告がこれを容れて工事を行う代わり、その費用償却分として借主が向こう三年間毎月三万円宛を支払うことが合意され、これが上乗せされて右(一)のとおり賃料一八万円の約定となつた。

3  原告は被告に対し、従前賃料が不相当になつたとして、

(一) 平成元年二月五日、同年三月一日以降の賃料を四三万円に増額する旨の意思表示をした(争いがない。)。

(二) また、平成元年一二月七日被告送達の訴え変更申立書により、平成二年一月一日以降の賃料を五四万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし(後にこれを五一万三〇〇〇円と訂正)、さらに平成三年一〇月三一日被告送達の訴え変更申立書により、これが認められない場合は同年一一月一日以降の賃料を右五一万三〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著である。)。

二  争点

平成元年三月一日、平成二年一月一日、平成三年一一月一日の各時点において、本件建物の従前賃料は不相当なものとなつたか。そうであれば各適正賃料の額はいくらか。

第三  争点に対する判断

一  平成元年三月一日以降の賃料の増額請求について

1  本件建物賃料が最後に増額改定された昭和六二年三月一日以降右増額請求がされるまでの二年間、東京都区部の地価が依然高騰傾向にあり、同地域の住宅家賃も上昇傾向にあることは公知の事実であり(ちなみに、甲第九号証の鑑定書によると、この間の六大都市住宅地域における地価変動率は約四二パーセントの増加であり、また鑑定人野田重康の鑑定結果によると、東京都区部の家賃指数は四パーセントの増加となつている。)、本件建物の存在する東京都世田谷区内の地価、家賃もその例外ではないと推認されるから、平成元年三月一日時点において、本件建物の従前賃料は不相当となるに至つたものと認められる。したがつて、本件建物の賃料は、原告が平成元年二月五日になした増額の意思表示により、同年三月一日以降適正賃料額に増額されたものといえる。

2  そこで、平成元年三月一日現在における適正賃料について判断する。

鑑定人野田重康の鑑定結果(以下「野田鑑定」という。)によると、同鑑定は、鑑定評価の方式として差額配分法とスライド法を併用し、差額配分法における正常賃料と合意実際賃料との差額の配分については、貸主にその三分の一を帰属させる三分法を基礎に市場性を考慮した修正を加え、最終的に貸主にその一五分の四を帰属させるものとして、この方法による賃料を月額四七万七〇〇〇円と試算し、また、スライド法における当該期間のスライド指数については、東京都区部の家賃指数一・〇四と名目国民総支出の変動指数一・一三の平均値である一・〇八五を採用して、この方式による賃料を月額三九万五〇〇〇円と試算したうえ、右差額配分法による試算賃料とスライド法によるそれとをそれぞれ二対三の割合で加重平均した額である四二万八〇〇〇円をもつて適正賃料とするものである(なお、右鑑定が新規正常実質賃料を算出するにあたり、管理費及び賃料損失算定の基礎となる純賃料の額を一〇〇八万〇八三〇円としたのは明らかな誤りで、これは一〇二二万一九五〇円とすべきであるが、この数値を訂正して計算し直しても、一〇〇〇円未満を四捨五入することにより、右適正賃料の額は変わらない。)。

右鑑定の結果が採用した方法、基礎数値は一応の合理性があり、信頼するに足りるものである。

これに対し、甲第九、第一一号証(鑑定人沢野順彦作成にかかる鑑定書及びその補正書、以下「沢野鑑定」という。)では、野田鑑定同様差額配分法とスライド法が併用されているものの、採用した種々の基礎数値やその算出法が異なるため、差額配分法による賃料を五四万三〇〇〇円、スライド法による賃料を四八万二五〇〇円といずれも野田鑑定を上回る額に試算したうえ、これをほぼ相加平均した五一万三〇〇〇円をもつて適正賃料としている。しかし、この沢野鑑定は本訴提起後一方当事者である原告側の依頼に基づいて行われたものであり、その意味で野田鑑定に比べ信頼性に劣ること、沢野鑑定はスライド法による試算賃料算定にあたり、六大都市における住宅地の地価変動率を五〇パーセントも加味したスライド指数を採用しているが、これは建物の継続賃料算定のためのスライド指数として妥当性に疑問があること、本件賃貸借は借主の変更はあるものの実質的には約二〇年継続する賃貸借と同視できるものであり、そのような賃貸借の適正賃料を算定するにあたつて、急激な地価の高騰を強く反映する差額配分法とスライド法とを等分に考慮するのは妥当でなく、スライド法をより重視すべきと考えられること、右のような観点から沢野鑑定は採用しない。

以上により、野田鑑定の結果を採用し、月額四二万八〇〇〇円をもつて平成元年三月一日以降の本件建物の適正賃料とする。

3  なお、被告は、本来原告が負担する約定であつた庭木の手入れ費用や本件建物の修理費を被告が立て替えたのに原告がこの立替金を支払わない旨主張して、これを理由に本件増額請求が許されないと主張する。

賃貸人は賃貸建物の修繕義務を負い、賃借人が賃貸人の負担すべき必要費を支出したときはこれを賃貸人に請求することができるのが原則であるが(民法六〇六条、六〇八条)、被告の主張する支出が原告の負担に属するものかは証拠上必ずしも明らかでない(《証拠略》によると、本件賃貸借契約においては建物の部分的小修繕は賃借人が費用を負担して自ら行う旨の特約があり、また庭木の手入れ費用については契約書上特段の定めはない。)。仮に原告の負担すべきものであつたとしても、その費用は具体的に発生した賃料債権との相殺その他の方法で別途原告に償還を求めるべきであつて、本件において、適正賃料の判断にあたりこれを考慮すべきとは解されない。

また被告は、本件建物が多々修理を要する老朽化した建物であつて賃料増額請求は根拠がない旨を主張するが、野田鑑定は、建物の物理的損耗も考慮して本件建物の基礎価格を適正に評価したうえ、適正賃料を算定したものと認められるから、この主張は採用できない。

4  以上によれば、本件建物の賃料は平成元年三月一日以降月額四二万八〇〇〇円に増額されたものである。

二  平成二年一月一日以降の賃料の増額請求について

右一のとおり平成元年三月一日以降増額された賃料の額が、その後一〇か月という短い期間の経過によつてさらに不相当となつたことを認めるに足りる証拠はないから、この時点における原告の増額請求は失当である。

三  平成三年一一月一日以降の賃料の増額請求について

東京都内の地価高騰傾向が平成元年ころから沈静化ないし低落傾向に転じたことは公知の事実であり、本件建物敷地についてもこれは同様と推認される(ちなみに、本件建物所在地に近接する東京都世田谷区等々力五丁目三三番一五の土地の公示価格は、平成元年に一平方メートル当たり一六五万円であつたものが、平成二年は同じく一五八万円、平成三年は一五七万円と低落傾向を示している。)。

加えて、本件においては、平成三年一一月一日時点の適正賃料に関し、専門家の鑑定はもとより、平成元年度以降平成三年一一月一日までの間の本件建物及びその敷地の公租公課の変動や家賃物価等の変動指数等、判断の基礎となるべき数値を示す証拠も全く存しない。

そうだとすると、平成三年一一月一日以降の賃料増額請求についても、従前賃料が不相当になつたと認めるに足りるだけの証拠がなく、右増額請求もまた失当であるといわざるを得ない。

第四  結論

よつて、原告の請求は、本件建物の賃料が平成元年三月一日以降月額四二万八〇〇〇円に増額されたことの確認を求める限度で理由があるから認容し、その余はすべて理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 三代川三千代)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例